★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

そして別居

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

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私が自分の回復のために依存症の家族の会に辿りついた頃、夫はひどいドライドランク状態になっていました。

 

そしてある日突然、「このままではお互い憎しみ合って離婚になるから、“離婚しないために”別居をしよう」と言いました。

 

以前から私は、夫がひどい飲み方をしてケンカをする度に、「もう一緒には暮らせない、別れてやる!」と脅していましたが、まさか夫から言われるとは夢にも思っていなかったので、相当なショックでした。

 

自分から別れる!と言っていた時は本気のつもりでしたが、後に12ステップをして自分でも分かったのですが、それは単なる脅しで、コントロールでした。

そう言えば、夫が改心して飲酒をやめると思っていたのでしょう。

 

でも実はこれは全くの逆効果で、私が脅したことをサカナに夫はまた飲むし、これを繰り返すうちに、私が本気ではないことを分かってきます。

(何度も同じことをいいながら、別れずに何年も一緒に居るのだから当然ですね)

 

 

私は家族の会につながり、以前よりは気持ちも少し落ち着いていたので、突然そう言われたことに驚きました。そして、考え直してくれとも言いましたが、夫の意思は固く、私には変えられませんでした。

“今までお互いがんじがらめにし合っていたから、少し離れて色んな意味でお互いに自立できるかもな” と、良い方に考えました。

そしてそれから1~2ヵ月後には別居生活が始まりました。

 

稼ぎのよかった夫は、給料を私と子供に半分くれていたので、別居後の暮らしはお金の心配もなく、快適でした。

 

ただ、夫が電話してくる度に、ケンカにはなっていました。

電話越しにケンカする私を見つめる、不安そうな息子の顔を今でも覚えています。

回復の道を歩み出したものの、まだまだ病んでいた私は、いちいち夫の言うことに反応してしまっていたのです。

 

別居からしばらくして、酔っ払った声の夫から電話がかかってきたことがありました。

でも話す内容は、AAや自分の回復の話で、変な感じでした。酔っ払った声なのは私の気のせいかな?と思ってしまうほどでした。

そして、次に会った時には、夫からアルコールの匂いがしていました。

 

ドライドランクは飲酒欲求の現れ、とも言われるようですが、やはり夫はいつからか飲酒欲求が強くなり、私と暮らすことに耐えられなくなり、別居を強行したのだと思います。

 

そこから私の方は、おかげさまで回復の道をどんどん進んでいったので、夫の飲酒に感情的に巻き込まれることはなくなっていきました。

一緒に住んでいなかったことも大きいと思います。でも、自分が回復していない状態だったら、離れて住んでいても、夫が飲んでいると分かると強い怒りが湧いていたはずです。

 

結局3年弱のあいだ別居をしていましたが、そのほとんどの期間、夫は飲んでいたようです。ある時点から鬱状態に陥り、会社にも行けなくなっていました。

 

最後の半年~1年くらいは、子供を預かる日の朝になると電話がかかってきて、「なぜか分からんが、具合が悪いから今週は預かれない」と言うことが多くなっていました。

 

一方私は、別居から約8ヵ月後には「12ステップ」を最後まで終え、とても幸せな満たされた自分になっていました。

 

夫が飲んでいようといまいと、感情的に巻き込まれない生活。

もちろん、夫のことを心配する気持ちはありましたが、怒りは湧いてきません。

とても穏やかで、楽しい日々でした。 

 

およそ3年間の別居後、また同居をすることになったのですが、その経緯については

★こちらをご覧ください  

 

 

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