★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

「12ステップ」ステップ9 ~父への埋め合わせ~

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

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ステップ9です。

 

3ヵ月後に父親への埋め合わせをするはずが、祖母が亡くなったことで、ステップ8をした1週間後に父親に会う機会が与えられました。

 

お通夜をして、親戚がみんな帰宅したあと、父親の部屋へ入って行って話を始めました。

 

父親は、夫がアルコール依存症だということを知っていたので、私も同じように病んでいて、家族のための自助グループに通い、回復のためのプログラムをしたことを話しました。

そしてその中で、私がずっと父を恨んでいたことに気づいたことを話し、謝りました。

父は、"謝らなくてもいい、自分は私に悪いことをしたという思いがずっとあった、自分は恨まれても仕方がないと思っている”と言いました。

 

それから、私が知らなかった離婚後の父と母との関係の話なども色々してくれました。

私は、離婚後、父と母は一切会っていなかったと思っていたのですが、実は、私が従姉妹の家に泊まりに行った週末などに、ちょこちょこご飯などを食べに行き、私の様子などを母が父に話していたそうです。

 

それを聞いて、なんだかものすごく安心しました。

離婚しても、父と母が連絡を取り合って自分の事を話していてくれている。自分は父から愛されていなかったわけではないんだ、と思い涙が出ました。

 

父親と母親がいがみ合ったり、嫌い合ったり、無視し合ったりしているのが、きっと子供には一番つらいことなんですね。

 

母は、私の事を考えて父のことをあえて話さないようにしていたのだと思いますが、実は逆だったのです。でも、母もその時は分からなくて必死で生きていたので、仕方がない事です。

何十年経ってからでも、それを知ることが出来て、本当によかったと思っています。

そして、夫と別れた今、私はこれを教訓にしていきたいと思います。

 

結局、夜中の2時ごろまで他にも私が知らなかった話をしてくれました。

本当は養育費も少しは払ってくれていたこと(笑)や、母が私を連れて家を出た後、父が遠方まで追いかけて来て、そこでやり直そうと母に言っていたことなど。

(母の意思は固く、結局やり直さなかったのですが)

その時に、3人でピクニックに出掛けた時の写真も見せてもらいました。

父が私たちを追いかけて訪ねてきた事など、私の記憶には一切なかったので、これにはすごく驚きました。

 

 

最後に、「こんな話が出来るとは思っていなかった。本当に良かった」と、2人で何度も言い合いました。

そして、最後にハグをして「これからも大変だと思うけど、がんばって」と言って私の背中をさすり、「愛してるよ」と父が言ってくれました。

 

まさか、私と同じで感情を外に出さない父がそんな事を言ってくれるなど、これっぽっちも思ってもみませんでした。泣きました。

 

 

ステップ9では、傷つけたすべての人に埋め合わせをしますが、なかなか会えない人もいたり、様々な事情ですぐに終わるわけではありませんが、できる限りやっていきます。

 

他の人の埋め合わせもしましたが、やっぱり一番私の中で大きかったのは父への恨みでした。

この埋め合わせをしてから、自分自身が満たされている感じが分かりました。

その後の自分の変化はまたこの次に。

 

 

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