★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

解雇~海外移住 ★ピンチはチャンス★

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

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夫の再飲酒が始まり、鬱になり仕事にも行けなくなった約3年間の別居のあと、再同居が始まりました。

 

が、実際にアルコール依存症の専門施設へ行くことも、AAに行くこともなく、自力で断酒をしていたようです。

再同居からしばらくは、仕事に行きませんでした。

病気で休んでいても1年半は給料の8割ほどが出るという有り難い会社に勤めていたので、仕事に行けなくなってから1年半が経つまでは仕事に行かず、夫はほとんどの時間を自分の寝室で寝て過ごしていました。

晩ご飯の時だけ、寝室から出てきた夫の顔が見られる、といった生活でした。

 

その後、もう給料が出なくなる、という日からがんばって仕事に行くようになり、もう少し私たちと一緒に過ごす時間も増えてきました。

が、月、火は出勤して、水~金は行けない。というパターンや、月~水は行けず、木、金だけ出勤。というのがパターン化し、その数週間後、クビになりました。

 

その日、夫はものすごく落ち込んで帰宅し、クビになった事を打ち明けてくれました。

そして、もう日本には住みたくない、ということも。

私はチャンスだと思いました。

2011年の原発事故以降、子供のことを考えて、数年以内には日本を出たいと思っていたからです。

 

私も夫も、もう母国には戻りたくないという意見は一致していたので、全く別の国を提案してみると、夫はすぐに乗り気になってくれました。

 そして、先ほどまでの落ち込みが嘘のように明るくなりました。

後に、その時のことを夫は「それまで泥沼の中、重い足を引きずって歩いていた感覚だったのが、あの日から普通に歩けるようになった」と言っていました。

 

私にとっても夫にとっても、ピンチが一瞬にしてチャンスになりました。

 

その日から、ビザや仕事や家などのリサーチが始まり、その2ヵ月後には、家財道具の一切も送り込み、私たちは今住んでいる国に移住していました。

今考えても、ものすごいスピードだったと思います。

日本にいても家賃や生活費などのお金が出ていくだけなので、できる限り早く引っ越さなければ、という気持ちでいっぱいだったのです。

 

移住して夫はすぐに職探しを始めましたがなかなか見つからず、仕事に就いたのは5ヵ月後。

 

私も外で働いていなかったので、再同居してからのほとんどと移住してからの5ヵ月の間、夫とずっと家で一緒に過ごしていたことになります。今考えると、すごいことだなと思います。

 

鬱の時はケンカにも何もなりませんでしたが、夫が元気になった移住後は、やはり気になる事がちょこちょこと出てきて、口論になることが数回ありました。。(私も少し病んできていたのだと思います)

 

 

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