★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

私たち(アルコール依存症の家族)自身を理解する

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

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 昨日の続きです。

 

『私たち自身を理解する』

 

家族、友人は影響を受ける
アルコール依存症は、家族の病気である。

強迫的飲酒は飲酒者本人に影響を及ぼし、それが飲酒者の人間関係に影響を及ぼす。友人関係、雇用関係、親子関係、浮気や結婚生活など、様々なものがアルコール依存症の影響により苦しめられる。


中でもアルコール依存症者に一番近い者が一番影響を受け、一番心配する者がアルコール依存症者の言動に巻き込まれる。


私たちは、アルコール依存症者の言動に反応する。飲酒が手に負えなくなるのを見ると、私たちはそれをコントロールしようとする。他の人に知られるのは恥ずかしいので、一人でどうにかしようとする。そのうち、その苦痛や恐れ、そしてアルコール依存症者の罪に対して気をもみ、自分で何とかしなければと思ってしまう。そして私たちも病気になる。


「強迫観念」
私たちは、善意から、飲酒者の酒ビンを数え始めたりする。時には高価なお酒をシンクに流したり、隠された空きビンを家中探し回ったり、缶を空ける音に耳を澄ませたりもする。
私たちの頭の中は、アルコール依存症者の行動、そしてどうすれば飲酒をやめさせられるかに支配される。これが私たちの「強迫観念」である。

 

「不安」
飲酒によって、人がゆっくりと自らを死に追いやるのを見ているのはつらい。
アルコール依存症者が、月々の支払い、仕事、子どもたち、そして健康を気にしないと、周りの者が代わりにそれらの心配をし始める。私たちはしばしば、本人の責任を奪うという間違いを犯す。私たちは、すべてを取り繕ろおうとする。言い訳や、時には小さな嘘をついて、こじれた関係を修復しようとする。これが私たちの「不安」である。


「怒り」
遅かれ早かれ、アルコール依存症者の言動は、他者を怒らせる。私たちがよく知っているように、彼らは嘘をつき、私たちを使い、何事にも責任を負わない。彼は私のことを愛していないのではないかと思い始める。私たちはしばしば、やり返したり罰を与えたり、制御不能の飲酒による苦痛や不満の償いをさせようとする。これが私たちの「怒り」である。

 

「否認」
時々、アルコール依存症者に近い我々は、自分を偽る。アルコール依存症者の約束を受け入れ信じる。どんなに短くても飲んでいない時期があると、飲酒の問題が永遠に解決したと信じたいのだ。彼らの言動が何かおかしいと感じても、気づかないふりをしたり、自分の感情を隠したりすることもある。これを「否認」という。

 

「罪悪感を抱く」
おそらく、アルコール依存症者と一時期でも生活を共にして深刻なダメージを受けた私たちは、どこか自分に欠点や落ち度があるのではないかという思いに付きまとわれる。
私たちが何かしたか、あるいは何かをしなかったか ― いい人(子)じゃなかった、魅力的じゃなかった、または、愛する人の問題を解決できるほど賢くなかった、など。これが私たちが「罪悪感を抱く」ということ。

 

 


『救いと希望』は、次回に。。

 

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