★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

義母との和解

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

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さて、今回の元夫と息子の里帰りは、いくつか良いことをもたらしてくれました。

その一つが、義母との和解です。


元夫から離婚を告げられたとき、彼女は自分の怒っている顔を写メで送ってきました。
元夫が彼女にどんな話をしたのか今でも分かりませんが、彼女は怒っていました。

当時、病気で数ヶ月ものあいだ寝込んでいたところへ、本当に突然彼から離婚を告げられ、悲しくて悲しくて毎日泣いていた状態だったので、(元夫の依存症に関して)今までは味方だと思っていた彼女からそんな写真が送られてきて、ものすごくショックを受けました。

そしてその後も、財産分与のことで彼女から攻撃的なメールが送られてきました。

今まで見たこともなかった彼女の攻撃的な文章に、またまたショックを受けました。

その頃、私が弁護士を通して元夫に扶養費の請求をしたものの、受け入れてもらえなかったため、亡くなった元夫の祖父からの遺産の半分を請求したのです。

すでにそのほとんどを、オンラインでの為替取引や車の購入で彼が使っていたため、20万円ほどの請求でした。

でも義母は残金がどのくらいかを知らなかったため、数百万円の請求を私がしていると思い、「祖父からのお金まで請求するなんて!!」と怒りのメールを送ってきたのです。

私は、元夫が自分がそのほとんどを使ってしまったことを義母に言っていないだろうと思い、元あったお金がどう無くなって、残金はどのくらいかの説明をしたのですが、素直に受けれてもらえず(私が元夫を責めていると受け取ったらしく)、何度か同じ説明をしなければなりませんでした。

最後に、「受け取ったお金がそのまま残っているならともかく、この額を巡って私たちがこれ程までにモメる価値はないと私は思うけど、あなたはどう思いますか?」と言ったところ、やっと事実を受け入れて、私を責め立てたことを謝ってきました。

それからは、たまにあちらから挨拶程度のメッセージが送られてくることはありましたが、私の中で一種のトラウマというか、メッセージが来る度に、また責められるのではないかという恐れが浮かんでしまい、1日~2日経ってから、あちらが寝ている時間帯にメッセージをおそるおそる開く、ということが続いていました。

(それ以来、怖いメッセージは来ていませんが)

 

そんな状態が何ヶ月も続き、今回の里帰りになりました。
私は、子供に「あっちに行ったら、お母さんがよろしく言ってたってみんなに挨拶しといてね」と言っていました。

 

すると、子供は律儀に会う人会う人全員に、会ってすぐ「お母さんがよろしくって」と言ってくれていたらしく、その事は、元夫からも、そして義母からも聞きました。

そして、子供があちらに行っている間、元夫からも、彼の妹からも、子供とあちらの家族が一緒に写っている写真が送られてきました。

そして、最後には義母からも、自分と私の息子が写っている写真が送られてきて、それと一緒に「“お母さんがよろしく”って、みんなにちゃんと言ってたわよ。良い子に育ってるわね」というメッセージが来ました。

 

いつも日本から子供を連れて里帰りをするのは私だったので、みんなの写真を見て懐かしく思い、私もみんなに会いたかったなぁ、という気持ちにもなっていた私は、すぐに返事をしました。

 

彼女もオンラインだったので、昔していたように、チャットが始まりました。

彼女がホリデーに行くという話から、コーヒーカップの話になり、そこから私がコーヒー断ちをしている話になると、彼女が「またあなたとこんな風に話ができて嬉しい」と言いました。

私も昔のように少し楽しい気分になっていたので、「私も楽しいです」と言うと、「あの時は本当に申し訳なかった」と言うので、「気にしないで。私だって過去にはあなたに嫌な言い方をした事があったと思うし」と言いました。

すると、「じゃあもう私たちは元通りね!」と返ってきました。
半年以上を経て、義母と和解した瞬間でした。

子供がきっかけを作ってくれたおかげだと思っています。

やっぱり子は“かすがい”ですね。

息子よ、本当にありがとう。

愛しているよ。

 

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