★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

負けるが勝ち ~気楽にいこう~

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

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元夫の状態がどんどん酷くなっているのを感じる今日このごろ。

私はアラノンの本を読んで、心を落ち着けます。

 

絶対正しいものであることが、どうしてそんなに重要なのか?

自分のものの見方を受け入れられようと執拗に要求することで、

私たちはなぜ、こんなにも生きることを複雑にし、問題を悪化させているのだろうか?

アルコール依存症者との生活にはつきものである緊張の中で、この姿勢は、自分自身に多くの問題をもたらす。

 

アルコール依存症者の言うことを、それが納得のいくものであろうがなかろうが、一歩引き下がって受け入れることに、どんな害があるというのだろう。

手から放して神に預ければよいのではないだろうか。

緊張を増したり、爆発を呼び起こしそうな状況に追い込まれる時、私は “気楽にいこう”というスローガンを思い出す。

敵意に満ちた罵倒のやりとりは、私が求めている平安を得る助けにはならないことを忘れないようにしよう。

 

なぜ私は、そのことが正しくても正しくなくても、批判や非難にすぐ反応するのだろうか?

夢中になって否定することや不合理な言い訳で、私は何を得るというのだろう?

お互いに神経がピリピリしている環境の中では、どんな些細な事でも口論の種となる。

その中に自分自身を投じる必要はない。

私は気にかけまい ー もしできるなら、にこやかに。

これは、いさかいを避けるための真に優れた方法である。

私たちの落ち着いた離脱は、アルコール依存症者に真剣にソブラエティを求めようとさせるほど、居心地の悪いものとなるかもしれない。

 

「論争から身を引くことは、あなたを勝者にしないかもしれない。

しかし、論争によってあなたが失ったものは、あなた自身の尊厳であり、恵みである」

 

 

 

私たちは、どうしてもアルコール依存症者の理不尽な言動に振り回され、それを正そうと、そしてその闘いに勝とうと、一生懸命になってしまいます。

だって、相手が間違っているんだから仕方ないですよね。

でも、こちらが反応して口論してしまっているうちは、これは永遠に続きます。

あちらはそういう病気なのです。

理不尽な相手に負けるのは悔しいです。

でも、終わりのない闘いから身を引くことは、自分自身の身を守ることにつながります。

 

今日も、自分を大切に。

平安な一日でありますように。

 

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