★アルコール依存症の家族が幸せになる方法★

アルコール依存症の夫との13年の結婚生活が終わりました。なぜ夫から離婚を告げられたのか?出会いから別居、再同居、離婚、“手放す”ことの意味、“愛って何?”、依存症の本人と共に幸せに生きていくために家族が出来ること、など色々な経験を、みなさんと分かち合えたらいいなと思っています

「受け入れる=負け」ではない

こんにちは!まききちです。お越しいただきましてありがとうございます。
はじめましての方は、こちらをどうぞお読みください^^

 

★amazonから本が出版されました★

【夫の底付き】のエピソードは、経緯を詳しく書かせていただきました。
そして、ブログには書いていなかった、最近判明した元夫と彼女のこと、それにまつわる元義母とのことなども書き加えて、完結しています。
よろしくお願いします★

アルコール依存症の家族が幸せになる方法

アルコール依存症の家族が幸せになる方法

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おはようございます!

今日の目覚めはいかがだったでしょうか。
気持ちよく起きられた人も、そうでない人も、今から今日1日をすがすがしく過ごしますように!

「受け入れること」と「任せること」。
この2つの姿勢は、アラノンの生き方の中に入っていくすべてのドアを開く。

けれどこの2つは、私たちの多くにとって 、最も身につけがたい姿勢である。

自分の人生がどんなにひどく叩きのめされていても、私たちはまだ「受け入れること」と「任せせること」は、"絶望的降参”と"性格の弱さ” であるという考えにしがみついている。

そうではない!


「受け入れること」は、"自分に変えることができないものがあるということを認める” ことを意味する。

変えられないものを受け入れることは、不毛の戦いを終わらせ、私たちの考えとエネルギーを解放し、変えられるものの方向へと転換することになる。


「任せること」は、自我を放棄し、神の意思と助けを受け入れることを意味する。

 

 

アルコール依存症がもたらす、たえまない不幸を私は受け入れる必要がない。

私は、アルコール依存症者の常軌を逸した行為や陰謀に、自分をゆだねない。

自分がそれを許さなければ、ほかの誰1人として私の考えをゆがめることはできないのだ。

 

「神様、あなたとあなたの導きにお任せすることによって、よりよい生き方を見いだすための責任を受け入れられるよう私を助けてください」

 

 

 

 

うーん。確かに。

変えられないもの(=アルコール依存症者)を「受け入れる」ことや、自分以外の力に頼らず「任せる」ということは、私たち依存症者の家族にとって、とっても難しいことだと思います。

今まで、ずっと依存症本人の態度や言動を変えようと、自分の力で一生懸命がんばってきたのだから。

そして、依存症者を【受け入れる=私が負ける】みたいな頭もあるのかもしれません。

「受け入れること」は、"自分に変えることができないものがあるということを認める” ことを意味する。
と上にありますが、すぐには受け入れられなくても、まずは"変えられないことがある”と、"認める”だけでいいのです。


私もアルコール依存症と10年戦い、それまでずっと、私は彼を変えている(=飲酒量が減った、または数週間やめたなど)と思っていましたが、それは違っていました。

10年経ってやっと、自分には何も変えられていなかったんだということに気がつきました。

一時的にはやめられたとしても、また飲みます。
だってそれが依存症だから。妻や母とて、飲酒をやめさせること、また本人の言動や性格を変えることはできません。

だったら何もしない!(笑)
そして神様にお任せします。(ここで言う神とは、みんなで崇める宗教のような同一の神ではないです)

不思議なことに、自分で何でもしようとしないで、手を放しお任せしてみると、何でも良い方向にいくんです。


もっと早いうちに気づいていれば、10年も自分を自分で傷つけ、疲弊させなくてもよかったのになぁと思います。

でも私にはそれもまた、必要な時間だったのかもしれません。

ということで、今日もアルコール依存症者のびっくりするような言動に巻き込まれず、手を放して、自分自身の平安な1日を過ごせますように★

 

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